忍者ブログ

蝶夢

NL至上主義者による非公式二次創作小説サイト。

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

松の声

某表紙から
大正パロ
わけあり書生リクオさまと、お嬢様つらら


勤めよ励めよ恋の道
今は昔紫の
式部は人に知られたる
女子の鑑と聞たるが
恋に違いは無かりしと
紫ならぬ薄海老茶。
年は移りて紫も
今は海老茶に変われども
兎角変わらぬ恋の道。







 頃は大正、世にデモクラシィやモダンなどと云う言葉が流行った時代に御座います。
 此所に煉瓦造りの洋館が一軒、なかなか凝った装飾で、当時まだ洋館は珍しかったものですから、辺りの邸宅と比べても一際目を引くこの家には、士族生まれの女主人とその娘が住んでいます。女主人の名は雪麗、娘の方は氷麗と申しました。

「それではおかあさま、いって参ります」
「心配ねぇ、あんたどじだから。誰か連れていった方が…」
「あら、平気よおかあさま。心配なさらなくてもよくってよ」

 氷麗お嬢様、と御屋敷で呼ばれているこの及川家の一人娘は、それはもう大層可愛がられてお育ち遊ばれました。容姿は大変美しく、女主人によく似ておいでですが、少しそそっかしいところがあり、そこがまた愛らしいところでもありますけれど、屋敷の皆が心配するところでもありました。

「表に車を呼んでるから」
「まさか、まぁたあの牛頭丸じゃありませんよね、いっつも失礼なことばっかり言うんだから」
「さぁ、牛頭丸だか馬頭丸だかわかんないけど、真っ直ぐ帰ってくるんだよ」

 はぁい、と氷麗は元気よく返事をして、お出掛けするのが楽しみなのです。今日は浅草に行こうかしら、それとも銀座に行ってみようかしら、大好きなアイスクリンも食べたいわ、と考えながら玄関を出ると、門の前、人力車を引いているのは、牛頭丸でも馬頭丸でもありません。
 眼鏡をかけた穏やかそうな青年が一人、車夫の格好をして待っています。歳は、氷麗と変わらぬ位でしょうか、その顔付きは、何処と無く気品を漂わせ、未だあどけなさを残しておりました。

「あら、どちら様でしょうか? 今日はいつもの牛頭馬頭じゃないのね」
「あぁ、氷麗お嬢様ですね、初めまして。奴良リクオと申します。牛鬼先生のところでご厄介になっていて、今日は忙しいからと牛頭馬頭の代わりに僕が申し出たのです。何かと不馴れで至らぬ事がありますが、今日一日宜しくお願い致します」
「ああ、そうなの、良かったわ。牛頭丸ったら、意地悪なんだもの」

 氷麗は少しほっとしたようで、それからはにかんだ笑みを浮かべました。すると、端整な顔立ちがじっと此方を見つめてきたので、氷麗は顔を赤らめます。

「な、何でしょう?」

 何か変な事言ったかしら、と首に巻き付けたマフラーに半分ほど顔を隠しますと、リクオはそっと氷麗の緑の黒髪を耳にかけて、顔がよく見えるようにされました。

「いや、噂には聞いていたけれど、美しい方だなと思って」
「ふぇっ!?」

 一気に逆上せ上がって狼狽える氷麗に、ふふりとリクオは笑って見せます。

「あ、真っ赤。ほんとに可愛い人だなぁ」
「あっ、あんまりからかわないで下さい! もうっ、奴良様は牛頭丸と同じくらい意地悪だわ」
「リクオ、でいいですよ。氷麗お嬢様」
「…それなら、私もお嬢様なんて要りません。ねぇ、リクオ様、歳はおいくつ? 私、年の近い男の方のお友達がいないんです。だから、改まった言葉遣いなんかなさらないで」

 氷麗が人力車に乗ると、リクオはゆっくり歩き始めました。一見細く、優男に思える彼ですがどうやらかなり鍛えているらしく、人力車を引く姿も様になっています。氷麗もそう感じたらしく、何分自分が武芸を多少嗜むので、興味が沸いて聞いてみました。

「リクオ様は、何か武術をされてるの?」
「ああ、剣道の真似事を少し。わかるかい、つららも何か武術を?」

 つらら、と名前で呼ばれ、嬉しくなって答えます。

「えぇ、おかあさまに薙刀の手解きを」
「それは是非一度見せていただきたいものだね。こんな華奢で淑やかそうな女性が、薙刀を振るうなんて。意外だなぁ」
「ふふっ、私、こう見えて結構強いんです。悪漢が現れたら、リクオ様を守って差し上げますからね!」
「ほほぅ、そいつァ頼もしい」
「あっ、今馬鹿になさったでしょう!」
「してないしてない」

 道すがらこんな調子で、二人、いよいよ銀座の通りに出ますと、たくさんの人で溢れています。

「まぁ、これが世に云う銀ブラなんですねぇ」
「お嬢さん、銀座は初めてですか」
「えぇ、ちょっと圧倒されちゃいます。外出するのに、供もつけずに来たのは初めて…あっ、あの垂れ幕、アイスクリンですって! 銀座に来たら、絶対自分で買って食べようと思ってたの!」

 はしゃぐ様子に呆れるでもなく、始終にこにこと見守るリクオに、ああこの方は出来た素敵な御方なんだわと胸が高まり、とくんと音を立てるのです。
 一方のリクオも、振る舞いこそ上品で、たおやかな淑女然とした容姿とは裏腹に垢抜けてなく、純真な彼女の人柄そのままの明るい笑顔に、ほっこりと胸の奥が温められて、知らず、ああこの人を守りたいななどと考えてしまうのでした。

「リクオ様は、牛鬼様のところにいらっしゃるんでしたよね?」
「そう、書生としてお世話になっているんだよ」
「まぁ、すごいですねぇ。じゃあ、作家先生志望なんですね?」
「…ま、そんなとこかな。それもあるけど、ちょっと家から飛び出したくってね」

 にこりと人に心を読ませない、そんな笑みを浮かべるリクオをもっと深く知りたいと思うのですが、少しずつ別れの時間が近づいて参ります。

「そろそろ、帰りましょうか」

 帰り道、口数が徐々に減ってきて、別れがたく思っているのはお互いなのだと、途切れがちな会話が物語っておりました。

「今日一日、とっても楽しかったわ。ありがとう御座いました」
「いいえ、こちらこそ」
「…一緒にいて、思ったのだけれど…」

 氷麗は一寸、躊躇いました。リクオは黙って続きを待ちます。

「…リクオ様は、女の方の扱いになれてるんですね」

 がくっと脱力しかけて、リクオは踏みとどまりました。言った本人は多少剥れているらしく、マフラーで隠れた頬が膨れています。

「やんなっちまうなァ。なんでそうなるんだよ」
「だって、そうじゃないですか」
「あー…何と言うか…」

 口調が言い訳じみてきて、リクオはまずいぞと思い、仕方ないと諦めて話します。

「つららが信じるかどうか、わかんないけど。そういう性質なんだ」
「たち?」
「そう、性質。じいさんも父さんもそうだった。この身に流るる血さ。他人の懐に潜り込むのがべらぼうに上手いんだ。だから、慣れてるとかじゃない。…信じてくれるかい?」
「ふぅん…」

 氷麗は呟きを落とし、笑って返しました。

「えぇ、信じますよ。リクオ様がおっしゃることですもの。それに、なんとなくわかります」
「それは有り難いね」
「何だか、リクオ様には、たくさん秘密があるみたい」

 御屋敷の前に着きました。リクオは人力車を降ろし、氷麗に手を差し伸べます。氷麗はそっとその手に、白い自分のものを重ねました。まだ真冬という訳でもないのに、リクオには、その手が吃驚するほど冷たく感じられました。しかし、リクオはそれでもしっかりとその手を握ったのでした。

「…それは、つららもおんなじだよ」
「あら、そうですか?」

 きょとんと不思議そうな顔をする氷麗に、ただ苦笑して、降ろしてやりました。
 別れの言葉を口にしてしまうのが惜しく、氷麗は何と言ってよいやら迷っていると、リクオが先に口を開きました。

「また来るよ。牛頭丸の代わりに。勿論、つららが嫌じゃなければ」
「え…えぇ! 是非! 楽しみにしています!」

 また、の言葉が嬉しくて、氷麗ははじけるように笑みを溢しました。氷麗が家の中に入るまで、リクオは見送っておりました。

「氷麗お嬢様、お帰りなさいませ」
「只今帰りました!」

 女中のお出迎えもそこそこに、二階にある自室に戻ると、窓を開けて家の前の通りを眺めました。赤く夕日が照らす道に、黒い影を引き連れて、人力車を引きながら行くリクオの姿が見えました。真っ赤に染まった氷麗の頬を、ひんやりとした風が撫でていきます。
 リクオ様は、風のような御方だわ、と氷麗は思いました。風のように、どんなところ、誰のところでも、するりと入ってきて、気づかない内に去っていってしまいそうな方。決して此方には、その心を読ませては下さらない、そんな方。それでいて、私の心を掠め取ってゆくんだわ。
 氷麗はいつまでも、その背を見送っていました。





「只今、戻りました」
「リクオ、帰ったか」

 それから半刻後、朱の空が完全に藍に変わる前、リクオは世話になっている捩目堂に戻りました。宛行わられている室の文机の前に腰を下ろすと、ぼんやりと頬杖をついて長いこと物思いに耽っておりました。
 つららは、淡雪に似た女性だなと、リクオは考えているのでした。ほっそりとした指先の、透けるような、あんなにも白い肌は今まで見たことがありません。ひんやりとして、まるで雪で出来ているようです。それに、確かに掴んだと思って掌を開いてみると、すぐにふわりと溶けてしまう、淡雪のように儚げな一面を、持ち合わせていると感じられたのです。掌で溶けた淡雪が、その微かな冷たさと僅かの水滴を残し、己の肌に染み行く、つららはそんな女の子だ。あの手の感触が、忘れられそうにない。
 リクオは自分の右手を見つめ、つららの笑顔を思い返しておりました。




PR
  

COMMENT

NAME
TITLE
MAIL (非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS (コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます
 

カレンダー

03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

プロフィール

HN:
黒蜜
性別:
女性
自己紹介:
社会人。
亀更新、凝り性で飽き性。
NL偏愛。
葛藤のあるCPだと殊更ハマる。
王道CPに滅法弱い。それしか見えない。

取り扱いCP:リクつら・名柊(夏目)・ネウヤコ(弥子総受け)・通行止め・イチルキ・ギルエリ・鷹冬(俺様)・殺りん・男鹿ヒル・銀妙・ルナミetc
その時々に書きたいものを、書きたいペースで。

ブログ内検索

忍者アナライズ

忍者カウンター

Copyright ©  -- 蝶夢 --  All Rights Reserved

Design by CriCri / material by DragonArtz Desighns / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]