蝶夢
NL至上主義者による非公式二次創作小説サイト。
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月光 第一夜 ひとよはつきに、ちょうに
ぬら孫×xxxHoLic~のクロスワールド。
第三夜まで。
夢十夜と繋がるので
厳密には犬夜叉×ぬら孫×xxxHoLic~
全体的にシリアス。
第三夜まで。
夢十夜と繋がるので
厳密には犬夜叉×ぬら孫×xxxHoLic~
全体的にシリアス。
一夜は月に、蝶に
男は単身、その店を訪れた。
男にはその名を体現する特殊な能力があった。けれどこの店の敷地内でそれが発揮されることはない。ここは店主である女の領分だったからだ。
「あら、いらっしゃい」
「久しいのォ。息災かい」
庭先からの不躾な訪問にも驚かず、平然と妖艶に笑んでいるのは、女が男の訪問を予期していたからだろう。縁側に腰掛け艶めかしく煙管を吸う妙齢の女は、空蝉のものとは思えないほど美しい容貌をしていた。人の姿を取りながら人外の美しさが、女にはあった。絶対的な美と神々しいまでの慈愛と、ほんの少しの悪意とが女を形作っている。
「えぇ、お陰様で。そちらは、賑やかそうね」
「全く、いつまで経っても大人しく隠居なんぞしておれんわい。にしても、お前さんは相変わらずじゃな」
男は女の年齢を知らなかった。ただ、時を止め永くその姿を保っていることは知っていた。女の長く艶やかな黒髪を、ひっそりと好んでいる。何故ならこの黒髪が彼の愛した妻と側近の、二人のものと良く似ていたためだ。これは男の子孫に受け継がれる血でもあった。
「あ、お客さんですか」
ひょいっと障子の陰から青年が顔を覗かせた。色が白く、黒い学生服を着た身体の線が細い。面はほっそりとして、藍色の瞳はどことなく愁いを帯びて見える。無色、というのが彼を表す色だ。中性的で整ってはいるが、相手に第一印象というものを与えないであろう顔だ。男は「よっこいしょ」と声を出して縁側に腰を下ろした。
「あぁ、邪魔するよ。今夜は一杯やるのに、いい月じゃ」
「ほんといい月よねぇ。お酒が美味しく頂けるわぁ。更にお酒を美味しくするおつまみ、よろしくー!あと取って置きの秘蔵酒、モコナが宝物庫に用意してくれてるはずだからー!」
「毎日飲んでる人が何言ってんですか。あんまり飲み過ぎないでくださいよー」
女に命じられ、再び障子の陰へと引っ込んだ。既に手元へ用意していた盆の中のお猪口を男に渡し、そこへ酒を注いでやる。その側には煙草盆が置かれ、細やかな金細工と黒檀の羅于の煙管が燻っている。
「百年前には見んかった顔じゃな。あれが例の…」
「うちのバイトくんなの」
にっこりと女が微笑む。どうやらお気に入りらしいとわかって、男は意外に思った。
「ほー、珍しいことがあったもんじゃ。噂には聞いとるぞ、『魔女』が目を光らせとるっちゅーのも」
「まぁ、そうねぇ。よくしてやって頂戴」
らしくない言葉に、百鬼を束ねる器の男ははっとした。
「…ゆくんじゃな」
「えぇ」
女の返事は静かだったが、揺らぎないものを秘めていた。その時白地の着物に蝶の帯を締めた女の微笑が、いつもの妖艶さを何処かへやったように儚いものであると気が付いた。それは何故か、長年彼の元に侍り続けた女が去っていた時を彷彿とさせた。
「…高砂の松、か。それで呼んだんじゃな?」
酷似している。女の覚悟を引き留める術を、男は知らない。
「飲み仲間がまた減るんは、ちーと寂しすぎるのぉ」
「そうね。でも、それが正しい理よ」
「あの坊主は、…」
障子の奥をちらりと見た。
「きっと泣くぞ」
「…優しい子だもの」
「愛しておるんじゃろう」
「一応対策は打ってあるわ。そうなって欲しくはないけれど…」
困ったように目を伏せ、哀しみの色を滲ませて微かに笑む。口先では可能性を否定しながらも女の目には青年の行く先が見えているはずだろうと男にはわかっていた。だが、態々それを口に出したりはしなかった。
よく見れば女の“店”の所々が陽炎のように歪み、異世の、男からすれば現世の景色がちらちらと映る。一瞬、本来の単なる空地の光景がくっきりし、すぐにすうっと薄まって、元の静かな“店”の風景に戻った。
「…場が揺らいどるな」
「えぇ。『支え』を失うから、ね」
当たり前の事だという顔で、平然と女は言って退けた。男はただ黙っていた。そのままの調子で女が続ける。
「アレをお返しする時が来たわ。うちのバイトくんを本家へやるから、対価はその時に」
「あぁ…、そういやそんなこともあったな。あれはいつの事だったか…」
男は記憶を辿った。それは最も近しい位置で仕え続けた女が去ってから、百年ほど過ぎた頃だったろうか。
「…あれから、わしも随分歳を取ったもんじゃ」
「あら、まだ隠居には少し早いんじゃないかしら?」
「『次元の魔女』がそう言うなら、そうなんじゃろ。近頃、ミョーにざわついとるしのぉ」
叺から煙管を取り出し、雁首に煙草を詰める。男は口元に吸い口を持っていきながら、顔をしかめた。
「二代目が亡くなってから、かしら」
「そうじゃ。物騒なことが起ころうとしておる。…西の方か」
「心当たりがあるのね」
「昔の話じゃ。…西、と言えば西国の大将はどうしとるんじゃろう。それこそ大昔、一度逢ったきりじゃが」
「随分前に亡くなったわ。その子孫も更に西へ西へと落ちのびたようね。四国の方も相当力が落ちてきているみたいだし」
「今はどこもそうじゃわい。…そうか、死んだか…逢ったのかい、あの男に」
「…亡くなる少し前のことよ」
ふぅ、と白煙を吐き出した。その口元が歪んでいる。
「確か、ヤツは刀を二本、持っていたはずじゃが?」
「そう言えばそうだったわね」
謎めいた笑みを浮かべ、それだけを答える。女も燻らせていた自分のものを煙管盆に軽く叩いて灰を落とした。
「三代目は、どんな子かしら」
「今は反抗期っちゅーヤツじゃな。なかなか難しいわい。…鯉伴の時とは、時代も人の心も違うしのぉ…」
「『絶対、大丈夫』よ。…あの子達なら」
女の言葉に、くつりと喉の奥を奮わせる。
「それは、あの坊主に対しても思っとることじゃろう?」
「もちろん」
あの坊主はどうじゃ、と聞かれ、あの子はね、と静かに語り始めた。
「夢を、渡るの」
夢見るように、いつくしみと憐れみを含んだ声が、歌う。
「蝶よりももっと、ずっと遠くを飛んでいく」
煙管からゆらり、白煙が立ち上る。望月は丁度真上に来ている。
ふぅ、と男の口から溜め息が溢れた。
「まだ、春には少し早いわい」
あの時、常ならば玲瓏とした氷のような美しさを持つ彼の側近が、丁度目の前に座る女のように神妙な、淡雪を思わせる朧げな空気を纏って男に暇を申し出た。そして一つだけ、彼女が男に預けたものがあった。
『…なんじゃい、こりゃあ』
『まぁ、形見とでも思えばいいんじゃない?』
ぎょっとして彼女を見た。彼女はぼんやり庭先の、裸の桜を眺めながら、もうすぐ冬も終わるわね、と呟いた。以来、男は彼女に逢っていない。
頭上の月は冴え冴えとして、今宵一夜の光をしたたかに放っている。
「それじゃ、美しい月に乾杯、ということにしておこうかい?」
えぇ、と女が笑んで、二人は杯を差し上げた。
男は単身、その店を訪れた。
男にはその名を体現する特殊な能力があった。けれどこの店の敷地内でそれが発揮されることはない。ここは店主である女の領分だったからだ。
「あら、いらっしゃい」
「久しいのォ。息災かい」
庭先からの不躾な訪問にも驚かず、平然と妖艶に笑んでいるのは、女が男の訪問を予期していたからだろう。縁側に腰掛け艶めかしく煙管を吸う妙齢の女は、空蝉のものとは思えないほど美しい容貌をしていた。人の姿を取りながら人外の美しさが、女にはあった。絶対的な美と神々しいまでの慈愛と、ほんの少しの悪意とが女を形作っている。
「えぇ、お陰様で。そちらは、賑やかそうね」
「全く、いつまで経っても大人しく隠居なんぞしておれんわい。にしても、お前さんは相変わらずじゃな」
男は女の年齢を知らなかった。ただ、時を止め永くその姿を保っていることは知っていた。女の長く艶やかな黒髪を、ひっそりと好んでいる。何故ならこの黒髪が彼の愛した妻と側近の、二人のものと良く似ていたためだ。これは男の子孫に受け継がれる血でもあった。
「あ、お客さんですか」
ひょいっと障子の陰から青年が顔を覗かせた。色が白く、黒い学生服を着た身体の線が細い。面はほっそりとして、藍色の瞳はどことなく愁いを帯びて見える。無色、というのが彼を表す色だ。中性的で整ってはいるが、相手に第一印象というものを与えないであろう顔だ。男は「よっこいしょ」と声を出して縁側に腰を下ろした。
「あぁ、邪魔するよ。今夜は一杯やるのに、いい月じゃ」
「ほんといい月よねぇ。お酒が美味しく頂けるわぁ。更にお酒を美味しくするおつまみ、よろしくー!あと取って置きの秘蔵酒、モコナが宝物庫に用意してくれてるはずだからー!」
「毎日飲んでる人が何言ってんですか。あんまり飲み過ぎないでくださいよー」
女に命じられ、再び障子の陰へと引っ込んだ。既に手元へ用意していた盆の中のお猪口を男に渡し、そこへ酒を注いでやる。その側には煙草盆が置かれ、細やかな金細工と黒檀の羅于の煙管が燻っている。
「百年前には見んかった顔じゃな。あれが例の…」
「うちのバイトくんなの」
にっこりと女が微笑む。どうやらお気に入りらしいとわかって、男は意外に思った。
「ほー、珍しいことがあったもんじゃ。噂には聞いとるぞ、『魔女』が目を光らせとるっちゅーのも」
「まぁ、そうねぇ。よくしてやって頂戴」
らしくない言葉に、百鬼を束ねる器の男ははっとした。
「…ゆくんじゃな」
「えぇ」
女の返事は静かだったが、揺らぎないものを秘めていた。その時白地の着物に蝶の帯を締めた女の微笑が、いつもの妖艶さを何処かへやったように儚いものであると気が付いた。それは何故か、長年彼の元に侍り続けた女が去っていた時を彷彿とさせた。
「…高砂の松、か。それで呼んだんじゃな?」
酷似している。女の覚悟を引き留める術を、男は知らない。
「飲み仲間がまた減るんは、ちーと寂しすぎるのぉ」
「そうね。でも、それが正しい理よ」
「あの坊主は、…」
障子の奥をちらりと見た。
「きっと泣くぞ」
「…優しい子だもの」
「愛しておるんじゃろう」
「一応対策は打ってあるわ。そうなって欲しくはないけれど…」
困ったように目を伏せ、哀しみの色を滲ませて微かに笑む。口先では可能性を否定しながらも女の目には青年の行く先が見えているはずだろうと男にはわかっていた。だが、態々それを口に出したりはしなかった。
よく見れば女の“店”の所々が陽炎のように歪み、異世の、男からすれば現世の景色がちらちらと映る。一瞬、本来の単なる空地の光景がくっきりし、すぐにすうっと薄まって、元の静かな“店”の風景に戻った。
「…場が揺らいどるな」
「えぇ。『支え』を失うから、ね」
当たり前の事だという顔で、平然と女は言って退けた。男はただ黙っていた。そのままの調子で女が続ける。
「アレをお返しする時が来たわ。うちのバイトくんを本家へやるから、対価はその時に」
「あぁ…、そういやそんなこともあったな。あれはいつの事だったか…」
男は記憶を辿った。それは最も近しい位置で仕え続けた女が去ってから、百年ほど過ぎた頃だったろうか。
「…あれから、わしも随分歳を取ったもんじゃ」
「あら、まだ隠居には少し早いんじゃないかしら?」
「『次元の魔女』がそう言うなら、そうなんじゃろ。近頃、ミョーにざわついとるしのぉ」
叺から煙管を取り出し、雁首に煙草を詰める。男は口元に吸い口を持っていきながら、顔をしかめた。
「二代目が亡くなってから、かしら」
「そうじゃ。物騒なことが起ころうとしておる。…西の方か」
「心当たりがあるのね」
「昔の話じゃ。…西、と言えば西国の大将はどうしとるんじゃろう。それこそ大昔、一度逢ったきりじゃが」
「随分前に亡くなったわ。その子孫も更に西へ西へと落ちのびたようね。四国の方も相当力が落ちてきているみたいだし」
「今はどこもそうじゃわい。…そうか、死んだか…逢ったのかい、あの男に」
「…亡くなる少し前のことよ」
ふぅ、と白煙を吐き出した。その口元が歪んでいる。
「確か、ヤツは刀を二本、持っていたはずじゃが?」
「そう言えばそうだったわね」
謎めいた笑みを浮かべ、それだけを答える。女も燻らせていた自分のものを煙管盆に軽く叩いて灰を落とした。
「三代目は、どんな子かしら」
「今は反抗期っちゅーヤツじゃな。なかなか難しいわい。…鯉伴の時とは、時代も人の心も違うしのぉ…」
「『絶対、大丈夫』よ。…あの子達なら」
女の言葉に、くつりと喉の奥を奮わせる。
「それは、あの坊主に対しても思っとることじゃろう?」
「もちろん」
あの坊主はどうじゃ、と聞かれ、あの子はね、と静かに語り始めた。
「夢を、渡るの」
夢見るように、いつくしみと憐れみを含んだ声が、歌う。
「蝶よりももっと、ずっと遠くを飛んでいく」
煙管からゆらり、白煙が立ち上る。望月は丁度真上に来ている。
ふぅ、と男の口から溜め息が溢れた。
「まだ、春には少し早いわい」
あの時、常ならば玲瓏とした氷のような美しさを持つ彼の側近が、丁度目の前に座る女のように神妙な、淡雪を思わせる朧げな空気を纏って男に暇を申し出た。そして一つだけ、彼女が男に預けたものがあった。
『…なんじゃい、こりゃあ』
『まぁ、形見とでも思えばいいんじゃない?』
ぎょっとして彼女を見た。彼女はぼんやり庭先の、裸の桜を眺めながら、もうすぐ冬も終わるわね、と呟いた。以来、男は彼女に逢っていない。
頭上の月は冴え冴えとして、今宵一夜の光をしたたかに放っている。
「それじゃ、美しい月に乾杯、ということにしておこうかい?」
えぇ、と女が笑んで、二人は杯を差し上げた。
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