忍者ブログ

蝶夢

NL至上主義者による非公式二次創作小説サイト。

   

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

月やあらぬ 四

リクオ様視点。
鈍すぎてカナちゃんへの扱いがひどい

 赤提灯に下駄の音。酒の匂いに女の匂い。雑多なもので犇めき合う。ごった返すは夜の街。
 陽炎の如く、ゆらめく姿は誰の目にも止まらない。臙脂の暖簾を潜って、よう、と声をかけた先には義兄弟。鴆だ。
「おっと、リクオか。遅ぇじゃねえか、先始めようかと思ってたとこだぜ」
「悪い、悪い。なかなか抜け出せなくってな」
 出がけに聞かされた氷麗の不機嫌な声がまだ耳に残っている。すでに何度目になるかわからない溜息が漏れた。その傍らで鴆が「冷や、二つ」と注文する。
「んで? 奴良組三代目がお忍びで、いつもと違う店を指定して、義兄弟と二人っきりになった今でさえ畏を解かねぇってのは、一体どういう訳だ?」
 鴆と二人きりで飲むのは珍しくない。というかしょっちゅうだ。けれど、こんな風にわざわざ畏を使って隠れるようにして飲みに行くことはそうあることじゃない。
「ちょっと、色々あってな。盗み聞きされたくねーんだよ」
「なら、本家かオレんとこで飲みゃ良かったんじゃねぇか?」
「…正確に言うと、うちの奴らに聞かれたくねぇんだよ」
「…ああ。その手の話か」
 うげぇ、と鴆が露骨に嫌そうな顔をした。察しがいい。
「お前なぁ、そういうのはもっといい相談相手がいるだろ」
 毛倡妓とか首無とか毛倡妓とかか。身も凍るような笑みを向けられながらも、説明してくれるならまだ良かった。今まではそうだった。それが今回は我関せずだ。
「四面楚歌だから無理だな」
「…お前、何やらかしたんだ」
 何って聞かれても何がダメだったのかよくわからない。最もわからないのは氷麗の言い分だ。ただ、氷麗がものすごく不機嫌オーラ垂れ流しなので、それは早いとこ何とかしたい。勿論あいつの機嫌を損ねることは今まで何回もあった。そしてそれらは総じてオレに非がある時だった。よっぽどのことでなければ、あいつは俺に怒ったりしない。ちょっと拗ねても大抵は甘えるようにして謝ればすぐに機嫌が直ったが、ごく希に、十年に一回あるかないかだが、なかなか許してもらえない時があった。そうなるとオレはすごく困る。大変困る。大いに困る。困るなどという言葉では済まないぐらい困ってしまう。と言うのも氷麗がオレの身の回りの世話をほとんど全てしてくれている事実があるためだが、そんな実務的なことだけではなくて、オレの心情的に、氷麗だけはどう接したらいいのかわからなくなって困ってしまう。オレは一生懸命氷麗の機嫌を直すことを考える。四六時中考える。そればっかり考える。気になって気になって仕方がない。
「氷麗の機嫌が直らねぇんだよ。どうしたらいいんだ…」
 頭を抱えて呟くと鴆からは「知るか」という薄情な言葉が返ってきたが、大丈夫だオレは知っている、鴆は何だかんだ一緒に考えてくれるはずだ。案の定、鴆は一つ溜息を落とすと「きっかけは」と問うてきた。
「カナちゃんと別れたこと、か」
「あ? そうなのか?」
「ああ、つい最近な」
「何でまた」
「そんなん知らねーよ。オレの方がふられたんだし」
 正直意味がわからなかった。あれって結構一方的だったんじゃねぇ? いやそんな終わったことはどうでもいい、問題は氷麗だ。
「で、なんでそれで雪女が不機嫌になるんだよ」
「それだよ、そこがオレにもわかんねぇんだ」
 カナちゃんと別れた次の日、どういう経路で知ったのか(恐らく巻さんたちだ)放課後ちょこちょことボクの所へやって来たと思ったらひどく真面目な顔をして「家長と別れたって本当ですか」と問い詰めた。うん、とボクが頷くと「どうしてですか」と猶も聞くので、ボクは正直に答えた。
「だって、カナちゃんが別れたいって言ったんだし」
 そしたら氷麗は目を見張って、急に怒った顔になった。
「それでいいんですか、ちゃんと話し合ったんですか、家長が本心で言ったとは限らないでしょう」
「でも、終わったことだし」
 氷麗はボクの答えを聞くと顔をしかめた。くるりと踵を返して、ボクを置いていこうとするから、慌ててその後を追った。
「あ、ちょっと待ってよ氷麗! 一人で帰るなよ」
「私先に帰ります。リクオ様、もう一度家長のとこに行った方がいいですよ」
 氷のように冷たい声だった。氷麗は本気で怒っていた。それから全速力で駆け出して、ボクは置いてきぼりにされた。呆気に取られて固まっていたけれど、言われた通りにカナちゃんと話をしに行く訳にもいかず(だって何を言えばいいのかわからない、特に言うべき事も見つからない、大体氷麗に言われたから話に来ましたっていうのもなぁ)、とぼとぼと一人で帰る羽目になった。帰り道で氷麗の言葉を考えて、どうやって機嫌を直してもらおうか、何が原因だったのかを模索したが、結局答えは出てこなかった。こうなっては本人に直接話を聞いた方がいい。そう決意して、門を潜る。玄関を踏むといつもなら駆け寄ってくる氷麗が来ない。これは相当お冠だ。首無がこちらを見て「おかえりなさい」といつも通り言ってくれたが、その声はどこか固かった。
「氷麗、帰ってる?」
 ボクは開口一番それを確認した。前に、氷麗がカナちゃんと二人で帰るように言い置いて帰ってしまったことがあり、 その日は家に帰った時まだ氷麗が戻ってなかった。訝しんで迎えに行こうかと玄関に向かったタイミングで、何故か竜二に負ぶわれた格好で帰ってきた。聞けば、足を捻ったらしい。竜二とはたまたま出会ったそうだが、何だか釈然としないものを感じたのも事実だった。以来、一人で帰らせないようにしていた。
 部屋でささっと着替えてから夜の姿に変じ、賄い処で忙しなく働いている背中へ声をかけた。
「で?」
「で、って?」
「家長とは話をきちんと済ませましたか?」
 オレはこの時夜の姿に変じたことを無性に後悔した。この手ののらりくらりは昼の分野だ。絶対零度の氷麗は半眼でこちらを観察している。話してないんですね、とあっさりバレた。どうにもぬらりひょんらしくない、旗色が悪い。さては女の勘と言うやつか。こればかりは畏れも勝てない。
「まぁそれは置いといてだ、なんでお前はそんなに怒ってる?」
「リクオ様、ご自身のなさってることわかってます?」
 質問に質問で返された。主の威厳はどうしたものか。
「いや、向こうが言い出したことだし。オレは何もしてねぇよ。ていうか、カナちゃんのことで何でお前が怒ってんだ?」
「リクオ様、それ、です」
 ぴく、と肩が揺れ、口を開いて何かを言いかけた氷麗を遮って、横から毛倡妓が口を挟んだ。
「それ?」
「女が泣いている理由が、わかりませんか?」
 毛倡妓がにこりと微笑む。何だ助け船どころかとんだ伏兵か。首無の頭が見えたので目配せしたら障子の影に引っ込みやがった。野郎、逃げやがったな。
「泣いてるって、カナちゃんがか」
「…まぁ、そういうことにしておきましょう」
 随分含みのある返答だ。しかも泣いてなかったけど。本家女妖怪の筆頭二人(しかも片方は側近頭)がそんな態度だから、他の女妖怪たちも何処と無く刺々しい。
「今回はリクオ様が悪いですよ」
 首無のアドバイスはこれだけだった。あとは我関せず、女方につきやがった。
「ほんっと、女心がわかってないわね~」
とは母親の言だ。ばっさりやられた。母親までこんな調子だから、胃袋握られてる男どもが敵うはずもない。さっさと雪女と仲直りしてください、と事情を知らない何人かに泣きつかれた。オレだって何とかしたい。
「家長と別れてまだ一週間も経たない内から夜遊びですか」
 ふぅんそうですかー、とは出掛けに聞かされた氷麗の皮肉だ。違うっての。どう取り繕っても悪い方にしか解釈されない。
「…事情はわかった。男として同情するぜ、リクオ」
「わかってくれたか。流石は義兄弟」
 冷やをちびちびやりながら、鴆がいて良かったと心底思う。
「オレも女心には疎い方だがな、ちょっと今回はわかるぜ」
「んだよ、オレ何かしたか?」
「聞いてて思ったんだがリクオ、お前あのカナちゃんて子、好きだったのか?」
 改めて問われると如何とも答えにくい。好きには好きだったんだが、と歯切れの悪い答えになった。
「どーにもお前の好きと、その子の好きは違ったんじゃねぇか」
 そう言われてもイマイチぴんと来るものがない。オレの顔を見た鴆は、「テメェ、ほんと罪な野郎だな」と呆れたように言う。
「カナちゃんはお前が自分のことを好いてないって気がついてて、それでしんどくなって別れたんじゃねぇ?」
 まぁ今のお前には理解出来ねぇかもな、そう付け加えて徳利を傾けた。
「雪女たちがキレてんのは、正直オレもよくわからん。が、女ってのは男よりよく感情移入するやつだからな」
 鴆の言葉はわかるようで、まだよくわらない。俺もお猪口に酒を注ぎ足す。電球色の蛍光灯に当てられて縁がきらりと光った。
「オレ、お前は、」
 言いかけて、俄に黙りやがった。続きが気になる。
「なんだよ」
「…や、やっぱ何でもねぇよ」
 心ばっかはどうにもしようがねぇもんさ、落ちた呟きにあの日のカナちゃんを思い出す。はぁ、と漏らした溜息はやはり氷麗に向けてのものだった。
PR
  

COMMENT

NAME
TITLE
MAIL (非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS (コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます
 

カレンダー

04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

プロフィール

HN:
黒蜜
性別:
女性
自己紹介:
社会人。
亀更新、凝り性で飽き性。
NL偏愛。
葛藤のあるCPだと殊更ハマる。
王道CPに滅法弱い。それしか見えない。

取り扱いCP:リクつら・名柊(夏目)・ネウヤコ(弥子総受け)・通行止め・イチルキ・ギルエリ・鷹冬(俺様)・殺りん・男鹿ヒル・銀妙・ルナミetc
その時々に書きたいものを、書きたいペースで。

ブログ内検索

忍者アナライズ

忍者カウンター

Copyright ©  -- 蝶夢 --  All Rights Reserved

Design by CriCri / material by DragonArtz Desighns / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]