蝶夢
NL至上主義者による非公式二次創作小説サイト。
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月やあらぬ 二
リクカナスタートのリクつら(途中竜つらあり)。
つららさん視点。
つららさん視点。
最初は、中学三年の時だった。
リクオ様が中学三年生の、二学期。文化祭実行委員になられたリクオ様は、帰りが遅くなるからと私を先に帰すことも多かった。それでは側近頭としての勤めが、とも思ったけれど、お夕食の用意に差し障ると判断してリクオ様の言葉に甘えさせてもらっていた。京妖怪、土御門一派との抗争も落ち着き、既に妖怪であることが公の秘密になっていることもあって安心していた。普通の、世間一般の中学生として文化祭を楽しみたい、というリクオ様の意思を尊重したくもあった。この頃自然と私たちは、別行動が主になっていた。
あなたが、及川さんね?
文化祭も明日に迫ったその日、ゴミ捨てを頼まれた私は階段の上から見知らぬ女子に呼び止められた。あとで島君に聞いたところ、校内でも有名な、五本指に入る美少女だったらしい。
私はそんなこと知らなかったけど、彼女からの視線が快いものではないと感じた。顔から足まで値踏みするような眼差しを受けて、ふぅん、と彼女は鼻を鳴らした。女の勘が、リクオ様がらみだと告げていた。彼女は階段の上から、私を見下ろしていた。文化祭前の学校中の昂ぶりが、ここだけ嘘みたいに静かだった。
「どんな気分?」
彼女はいきなりそんな言葉を私に向けた。私は眉根を寄せた。意味がわからなかった。それなのに彼女の不可解な優越と、同時にどろりとした嫉妬が痛いほど伝わってきた。
「…何が、ですか?」
「わからないの?」
そっか、わからないんだ、知らないんだ。子供じみた調子が燗に障った。だけど、実際彼女は子供だ。私と比べ、あまりにも子供だ。相手しているのも馬鹿馬鹿しくなって、「それが言いたいことですか? なら、失礼します」と去ろうとした。
「女として見てもらえないのは、どんな気分かって言ってるの」
私は、立ち止まった。立ち止まって、もう一度彼女の顔を見た。彼女は笑っていた。歪んだ笑みを見て、どこのどいつだか知らないけれど家長の方が数段可愛いと思った。
「…何の話ですか」
はぁ、と溜息を吐きそうになる。勿論、何の話かなんてわかってる。ただ、あんまり彼女が子供 のようなことを聞くから、私は少し呆れた。私の態度は彼女の怒りを煽るものだったようで、あからさまに睨まれた。
「とぼけないで。あなた、リクオくんと一緒に暮らしてるんでしょう?」
暮らしているも何も、彼は私の主であり、失礼と思い上がりを承知で言うなら、私がお育てしたようなもの。彼女は理解していない。それに、私も当然ながらそれを事細かに説明してあげるつもりもない。(言ったところで、どうせ無意味だ)
「それが何か?」
あなたに関係ないでしょう、と言外に滲ませる。
「邪魔しないでね。尤も、知らないあなたには意味のわからない話だった?」
これも後で知ったことだけど、どうやら彼女はリクオ様と最近よく一緒にいるようになった実行委員の一人らしく、次の日の文化祭当日、リクオ様とペアになって行動しているのを何度も見かけた。彼女の話、大概は覚えていないけど、要するに彼女は文化祭の日リクオ様に告白するつもりで、私という懸念材料を排除したい、ということだった。リクオくん(『リクオくん』! まぁ何ともわかりやすいこと)から私のこと聞いてないのね、と彼女は不敵に笑った。私は彼女の好意が、以前の百物語組との一件で一躍有名になったことに大きく因るものだと推測した。リクオくんは私に優しいの、だとか、まぁ、そういう類のこと。私が雪女で、リクオ様の下僕だということも。
「付き合ってもないのに、よくずっと側にいられるわね」
私からすればたった十四、五の小娘、だけどすでに一人の女みたいな口を利く。
「女として見てもらえないなんて、かわいそう」
彼女はそう言って笑った。何故かこの笑顔は、それなりに見えた。確かに彼女は美人の部類だと判別できるくらいには。家長と甲乙の付けがたいくらいには。
「そうですか?」
彼女のあの笑みを記憶しているのは、私が人ではないからかもしれない。愚かしい笑みだと。愚かしい無邪気さだと。愚かしい、人間だと。その愚かしさは罪ではない。彼女の幼さでもある。信じているのだ、彼女は精一杯に、彼女なりの今の世界を。
「あなたには、わかりません」
私は静かに笑みを返した。虚勢なんかじゃない、彼女にはきっとわからない。同じにしないでほしい、彼女の一時の感情と、私の、切なる願いにも似た、永遠の誓いを。一時であることが悪いわけじゃない。彼女にとっては大事な、大きな時間だということもわかっている。ただ、私のそれとは根本的に違っていた。彼女の笑みに多少心が揺れたのは、彼女を許容できたのは、その愚かしさ故だ。
校舎から出て見た空は、夕暮れの様相をしていた。薄群青、胡粉色の鯖雲は所々黄金に光って、秋風が頬を撫でていった。いとおしい、と想う。あと数時間で変わってしまうこの光景も、すべてが。
女としてだとか、恋だとか、そんなことはもう置いてきてしまった。そんなことは、私にとって重要じゃない。他にもっと大切な、守らなくてはいけないものが出来てしまった。そのことを、私は後悔していない。
ただ、見上げた空が綺麗で、少しばかり、切なすぎた。
結局その後、彼女がリクオ様に想いを告げたのか、私は知らない。いつもの昼の若特有の、のらりくらりで煙に巻いたのかもしれないし、そもそも鈍いリクオ様だから気がつかなかった可能性もある。そして、彼女が言い出せなかった可能性も。代わりにどうも毛倡妓が、陰でお節介を焼いたらしい。私が女子に睨まれてる、ようなことを遠回しに。後日リクオ様が何か嫌なことがあったらいつでも言うように、とお命じになった。私は笑った。笑って、「はい」と答えた。たとえ若の命令でも、決して聞くまいと、思いながら。
その次が、家長だった。これはずっと前から、とうの昔に覚悟していたことだった。言っておこうと思って、そう前置きして家長は宣言した。
「リクオくんと付き合うことになったから」
ちくりと胸の奥で痛んだものは反射的に気のせいにした。ああ、そうか、彼らは、リクオ様と家長はもう十六だったんだ。子供、ではなくなろうとしているんだ。今更、本当に今更だったけど、そんな風に思った。いつの間にそんなことになったんだろう。リクオ様はそんな素振り、全く見せなかった。聞けば、「昨日から」と答えた家長は、少し顔を赤らめながらも、どうしたわけか驚いたような表情を浮かべていた。
どうしてリクオ様は、私に話して下さらなかったんだろう。そのことの方が、私には嫌な気持ちにさせられた。ざわざわとした、不満。家長から聞かされる前に、一言教えて下さればよかったのに。勝手だとも傲慢だともわかっていたけれど、そう考えてしまうのをやめられなかった。リクオ様だって言いたくないことがおありだろうし、ともすれば過保護だと思われそうな環境で暮らしているのだから、こんなことぐらい干渉されたくないのだとも、考えた。でも、私には言ってほしかった。リクオ様の口から、好いた女ができたのだと、誰よりも守りたいものができたのだと、伝えてほしかった。そうすれば私は、自分の愚かな感情だけを凍らせて、真心から笑って祝福することができるのに。私をそこまで信頼していらっしゃらなかったということだろうか。こんなのは我が儘だと言い聞かせても、渦巻くものが溢れそうでリクオ様の顔が見られなかった。リクオ様が仰ってくれるのを、私は待っていた。知らないふりを続けた。一週間待って、二週間待って、清十字団の集まりで、巻さんが「そーいえばさぁ」と言った時に、漸く表面化することになった。
「…知ってたの?」
その日の帰り道、リクオ様がそっと確認してきた。主語はなくても、私にはすぐぴんときた。
「知ってましたよー、当然。いつリクオ様の口から聞かせていただけるかと思って、待ってましたのに」
口を尖らせながら、努めて明るく返した。少し、泣きそうだった。本当は。だけど泣いてしまうのは、知られて、しまうのは、ずっとずっと嫌だった。
私は大丈夫だと言い含めた。大丈夫だと知っていた。それでも、どうなろうと、私はリクオ様の側にいることができる。居続けることができる。それだけの力と心を、畏れを、預けているし、預かっている。だいじょうぶ、かわらない。なにひとつ、とて。
私の中のものだけは。
リクオ様が中学三年生の、二学期。文化祭実行委員になられたリクオ様は、帰りが遅くなるからと私を先に帰すことも多かった。それでは側近頭としての勤めが、とも思ったけれど、お夕食の用意に差し障ると判断してリクオ様の言葉に甘えさせてもらっていた。京妖怪、土御門一派との抗争も落ち着き、既に妖怪であることが公の秘密になっていることもあって安心していた。普通の、世間一般の中学生として文化祭を楽しみたい、というリクオ様の意思を尊重したくもあった。この頃自然と私たちは、別行動が主になっていた。
あなたが、及川さんね?
文化祭も明日に迫ったその日、ゴミ捨てを頼まれた私は階段の上から見知らぬ女子に呼び止められた。あとで島君に聞いたところ、校内でも有名な、五本指に入る美少女だったらしい。
私はそんなこと知らなかったけど、彼女からの視線が快いものではないと感じた。顔から足まで値踏みするような眼差しを受けて、ふぅん、と彼女は鼻を鳴らした。女の勘が、リクオ様がらみだと告げていた。彼女は階段の上から、私を見下ろしていた。文化祭前の学校中の昂ぶりが、ここだけ嘘みたいに静かだった。
「どんな気分?」
彼女はいきなりそんな言葉を私に向けた。私は眉根を寄せた。意味がわからなかった。それなのに彼女の不可解な優越と、同時にどろりとした嫉妬が痛いほど伝わってきた。
「…何が、ですか?」
「わからないの?」
そっか、わからないんだ、知らないんだ。子供じみた調子が燗に障った。だけど、実際彼女は子供だ。私と比べ、あまりにも子供だ。相手しているのも馬鹿馬鹿しくなって、「それが言いたいことですか? なら、失礼します」と去ろうとした。
「女として見てもらえないのは、どんな気分かって言ってるの」
私は、立ち止まった。立ち止まって、もう一度彼女の顔を見た。彼女は笑っていた。歪んだ笑みを見て、どこのどいつだか知らないけれど家長の方が数段可愛いと思った。
「…何の話ですか」
はぁ、と溜息を吐きそうになる。勿論、何の話かなんてわかってる。ただ、あんまり彼女が子供 のようなことを聞くから、私は少し呆れた。私の態度は彼女の怒りを煽るものだったようで、あからさまに睨まれた。
「とぼけないで。あなた、リクオくんと一緒に暮らしてるんでしょう?」
暮らしているも何も、彼は私の主であり、失礼と思い上がりを承知で言うなら、私がお育てしたようなもの。彼女は理解していない。それに、私も当然ながらそれを事細かに説明してあげるつもりもない。(言ったところで、どうせ無意味だ)
「それが何か?」
あなたに関係ないでしょう、と言外に滲ませる。
「邪魔しないでね。尤も、知らないあなたには意味のわからない話だった?」
これも後で知ったことだけど、どうやら彼女はリクオ様と最近よく一緒にいるようになった実行委員の一人らしく、次の日の文化祭当日、リクオ様とペアになって行動しているのを何度も見かけた。彼女の話、大概は覚えていないけど、要するに彼女は文化祭の日リクオ様に告白するつもりで、私という懸念材料を排除したい、ということだった。リクオくん(『リクオくん』! まぁ何ともわかりやすいこと)から私のこと聞いてないのね、と彼女は不敵に笑った。私は彼女の好意が、以前の百物語組との一件で一躍有名になったことに大きく因るものだと推測した。リクオくんは私に優しいの、だとか、まぁ、そういう類のこと。私が雪女で、リクオ様の下僕だということも。
「付き合ってもないのに、よくずっと側にいられるわね」
私からすればたった十四、五の小娘、だけどすでに一人の女みたいな口を利く。
「女として見てもらえないなんて、かわいそう」
彼女はそう言って笑った。何故かこの笑顔は、それなりに見えた。確かに彼女は美人の部類だと判別できるくらいには。家長と甲乙の付けがたいくらいには。
「そうですか?」
彼女のあの笑みを記憶しているのは、私が人ではないからかもしれない。愚かしい笑みだと。愚かしい無邪気さだと。愚かしい、人間だと。その愚かしさは罪ではない。彼女の幼さでもある。信じているのだ、彼女は精一杯に、彼女なりの今の世界を。
「あなたには、わかりません」
私は静かに笑みを返した。虚勢なんかじゃない、彼女にはきっとわからない。同じにしないでほしい、彼女の一時の感情と、私の、切なる願いにも似た、永遠の誓いを。一時であることが悪いわけじゃない。彼女にとっては大事な、大きな時間だということもわかっている。ただ、私のそれとは根本的に違っていた。彼女の笑みに多少心が揺れたのは、彼女を許容できたのは、その愚かしさ故だ。
校舎から出て見た空は、夕暮れの様相をしていた。薄群青、胡粉色の鯖雲は所々黄金に光って、秋風が頬を撫でていった。いとおしい、と想う。あと数時間で変わってしまうこの光景も、すべてが。
女としてだとか、恋だとか、そんなことはもう置いてきてしまった。そんなことは、私にとって重要じゃない。他にもっと大切な、守らなくてはいけないものが出来てしまった。そのことを、私は後悔していない。
ただ、見上げた空が綺麗で、少しばかり、切なすぎた。
結局その後、彼女がリクオ様に想いを告げたのか、私は知らない。いつもの昼の若特有の、のらりくらりで煙に巻いたのかもしれないし、そもそも鈍いリクオ様だから気がつかなかった可能性もある。そして、彼女が言い出せなかった可能性も。代わりにどうも毛倡妓が、陰でお節介を焼いたらしい。私が女子に睨まれてる、ようなことを遠回しに。後日リクオ様が何か嫌なことがあったらいつでも言うように、とお命じになった。私は笑った。笑って、「はい」と答えた。たとえ若の命令でも、決して聞くまいと、思いながら。
その次が、家長だった。これはずっと前から、とうの昔に覚悟していたことだった。言っておこうと思って、そう前置きして家長は宣言した。
「リクオくんと付き合うことになったから」
ちくりと胸の奥で痛んだものは反射的に気のせいにした。ああ、そうか、彼らは、リクオ様と家長はもう十六だったんだ。子供、ではなくなろうとしているんだ。今更、本当に今更だったけど、そんな風に思った。いつの間にそんなことになったんだろう。リクオ様はそんな素振り、全く見せなかった。聞けば、「昨日から」と答えた家長は、少し顔を赤らめながらも、どうしたわけか驚いたような表情を浮かべていた。
どうしてリクオ様は、私に話して下さらなかったんだろう。そのことの方が、私には嫌な気持ちにさせられた。ざわざわとした、不満。家長から聞かされる前に、一言教えて下さればよかったのに。勝手だとも傲慢だともわかっていたけれど、そう考えてしまうのをやめられなかった。リクオ様だって言いたくないことがおありだろうし、ともすれば過保護だと思われそうな環境で暮らしているのだから、こんなことぐらい干渉されたくないのだとも、考えた。でも、私には言ってほしかった。リクオ様の口から、好いた女ができたのだと、誰よりも守りたいものができたのだと、伝えてほしかった。そうすれば私は、自分の愚かな感情だけを凍らせて、真心から笑って祝福することができるのに。私をそこまで信頼していらっしゃらなかったということだろうか。こんなのは我が儘だと言い聞かせても、渦巻くものが溢れそうでリクオ様の顔が見られなかった。リクオ様が仰ってくれるのを、私は待っていた。知らないふりを続けた。一週間待って、二週間待って、清十字団の集まりで、巻さんが「そーいえばさぁ」と言った時に、漸く表面化することになった。
「…知ってたの?」
その日の帰り道、リクオ様がそっと確認してきた。主語はなくても、私にはすぐぴんときた。
「知ってましたよー、当然。いつリクオ様の口から聞かせていただけるかと思って、待ってましたのに」
口を尖らせながら、努めて明るく返した。少し、泣きそうだった。本当は。だけど泣いてしまうのは、知られて、しまうのは、ずっとずっと嫌だった。
私は大丈夫だと言い含めた。大丈夫だと知っていた。それでも、どうなろうと、私はリクオ様の側にいることができる。居続けることができる。それだけの力と心を、畏れを、預けているし、預かっている。だいじょうぶ、かわらない。なにひとつ、とて。
私の中のものだけは。
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