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蝶夢

NL至上主義者による非公式二次創作小説サイト。

   

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月やあらぬ 一

リクカナスタートのリクつら(途中竜つら含む)。
タイトルは
月やあらぬ春は昔の春ならぬ我が身一つは元の身にして
(月は昔の月のままだろうか、春は昔の春のままだろうか。私だけが、昔と変わらぬ私のまま)
を参考。
どこから読み始めても問題ない…はず。


※かっこいい若はいません。


 私は、醜い。
 ビルの三階にある小さなカフェのドアを開けると、ちりんと取っ手に括りつけられたベルが透明な音を立てて揺れた。私はそれを綺麗だと思う。二人用の狭いテーブルを選んで、その人が来るのを待つ。巻いていたマフラーを外し、冷たくなった指先に息を吹きかける。都心にあるこのビルの三階からでは、窓の外を見ても大通りを挟んで反対にある同じようなビルが見えるだけだ。窓は結露で少し、曇っていた。外は雪、だった。柔らかな蜜柑色の照明が暖かそうな店内に対し、硝子を通して見る外の景色はどことなく蒼い。私は雪があまり好きじゃない。綺麗すぎる、から。何の変哲もない無機質なコンクリートの風景でさえ、美しく見せるから。
 五分ほど経って、その人はやって来た。いつもの着物姿じゃなく、普通の、一見したらOLさんみたいな洋装だった。ボルドー色のVニットカーディガンの下に白いカットソーを合わせて、Aラインのプリーツスカートはダークブラウン。胸元はいつも通り、大きく開いている。普通の、綺麗なお姉さんに見えるけど、彼女はただの綺麗なお姉さんじゃない。ふとした目つきや揺らめく黒髪が、ぞっとするほど綺麗だった。
 彼女は私に気がつくと、ヒールを鳴らして向かいの席へ近づいた。お店の人が注文を取りに来て、その後初めて私は彼女に話しかけた。
「あの…すみません。今日は、わざわざ来て貰って」
「いいわよぉ、そんなの。気にしなくて」
「それで、えっと…このこと、他の人には」
「大丈夫、誰にも言ってないから」
 他の人、と言ったのは特定の一人を指す訳じゃなかったから。誰にも、知られたくなかった。誰にも、言いたくなかった。それは私の見栄で、プライドだ。だけど彼女になら言えると思った。見栄もプライドも必要なかったし、醜い私でも曝せる気がした。
「で、何があったの?」
 お水を口に含んで、彼女は私に尋ねた。何から話し始めればいいのかわからない。そんな私を、彼女は優しく誘導する。
「付き合ってるんでしょう? 何か問題があった?」
「知ってたん、ですか」
「うちの屋敷の者はみんな知ってるわよぅ」
 秘密も何もあったもんじゃない、過保護でごめんなさいね、とからから笑う彼女の台詞に、顔に熱が集中する。若くていいわね、と付け加えられる。
「…なんて、言ってます?」
「そりゃあ、色々よ。微笑ましいと思ってる奴も居れば、気が早いのなんかやれ三代目の奥方だ、四代目だ、なんて言って。でも外野は無視していいから」
 ぎょっとした私に、彼女は手を振って苦笑する。そんな関係じゃないのに。それどころか、本当に彼が私を好きなのかさえ、よくわからないのに。

 告白したのは私からだった。あの子がいない日を狙って、二人だけの帰り道、いつも別れる角で立ち止まって、彼の名を呼んだ。夕日がこの上なく真っ赤で、世界がキラキラして見えた。振り返った彼に短く告げた。言ってから酷く緊張した。もう取り返せない、言ってしまった言葉は戻せない、と気がついた。でも、多少の自信はあった。彼と私は幼なじみで、彼はちょっと特殊な環境にいて、私は、普通の女の子で。けれどその普通の私と普通じゃない彼は、一緒に笑い合うことができる。何かを共有することができる。それは正しく自信だった。彼の二面性を私は知ったし、他ならぬ彼が私にもう一つの世界を教えてくれた。いい加減、ただの幼なじみでいるのも釈然としなかった。もういい頃合いだと思った。告げた瞬間、彼は目を大きく見開いて、ありがとう、と言った。全く以て彼は鈍いというか、抜けているというか。だから私は、付き合おうという旨の言葉をさらに重ねる必要があった。彼は困ったように、どうしたらいいの、などと宣った。二人でどっか出かけたりとか、言いながら私にもよくわからなかった。それでも彼は最終的に、いいよ、と答えたので、そしてその顔が夕日のせいを抜きにしても赤かったので、私はそれなりに満足した。それで全部上手くいくと、思っていた。
「及川さん、は?」
「雪女? 別に何も言ってなかったけど?」
 彼に告白した次の日、私は及川さんにはっきりと「リクオくんと付き合うことになったから」と宣言した。及川さんは大きく目を見開いた。その反応は、びっくりするくらい昨日の彼の反応によく似ていた。だけどそれだけだった。そうですか、といつも通りの声音で返されて、私は拍子抜けした。いつからですか? と聞かれて、昨日からだと答えると、若ったらそういうの話してくださらないんだから、と一人でぶつぶつ言っていた。いいの、と思わず確認してしまった。及川さんは肩を竦めて、いいも何も、あなたとリクオ様の問題でしょう? 側近の口出しすることではありませんから、そう答えた。側近、の単語に安心した。
「気になるのね、あの子のこと」
 私は黙っていた。沈黙は、肯定だった。
「ま、仕方ないわよねぇ、あの子は側近頭で一番のお気に入りだし。リクオ様ったらつららつららで、雪女離れできてないし」
 その通りだった。彼はいつも、一番に及川さんを追っていた。幼なじみは、いつまで経っても幼なじみのままで、一向に関係は進まなかった。何回か私の部屋に泊まったりしてるのに、私たちはキスすらしたことがなかった。付き合って半年を過ぎた私たちを、当然それなりの関係だと思ってるクラスメイトには、相談できなかった。
「…リクオくんと及川さんって、何なんですか」
「主とその側近よ。あなたが心配するような、恋仲でないことは確かね」
「じゃあ、リクオくんにとっての及川さんは?」
「…ねぇ、それは、」
 リクオ様本人に、聞くべきことじゃないかしら。
 彼女の声は静かだった。私に返せる言葉はない。そんなこと、聞けない。そんな自分の醜さを露呈するようなこと、聞けない。
「それを私から聞いたところで、あなたは納得できる? 安心できるのかしら」
「…私、リクオくんと付き合ってみて、こんなに自分が独占欲強かったなんて、知りませんでした」
「普通だと思うけどね。嫉妬なんて誰でもするわ。嫉妬しない、なんて言ってる奴はまだ自覚がないか、目を逸らしているだけよ」
 私が何故彼女になら話せると思ったのか、唐突に理解した。彼女は、醜さを知っている。自分の、そして他人の醜さを、見てきた人なんだ。
 運ばれてきたミルクティーに口をつける。目の前の彼女の唇は、紅い。カップに伸ばす指も、湿らせた唇も、私が何年かかっても真似できないような上品さと色っぽさを兼ね備えている。彼女は、恐ろしいまでに綺麗だ。それに、あの人も、及川さんも。
 私は、雪が好きじゃない。だって、綺麗すぎるから。
「…妖怪、だから、なのかな」
 私だって、読モになるくらいには、自分の外見に自信がある。だけど、彼らの美しさは、そんなの比じゃない。
「綺麗、すぎるんです。それも畏れ、ですか?」
 初めてあの人と及川さんの畏れを見た時、息を飲んだ。あんまりにも綺麗だったから。この世のものとは思えない、他と比較しようのないほど、絶対的な美しさだったから。
「違うわ」
 彼女は冷静に、或いは残酷に断じた。
「嫉妬するのはね、リクオ様と雪女より、あなたとリクオ様の間の方が、精神的な距離があるからよ」
 だから、不安なの。
 私は、黙った。黙って、視線を手元のミルクティーに落とした。
「逆に他のどの女より近くにいる自信があれば、最後に自分のとこに帰ってくる自負があれば、その男がどこへいこうと余裕でいられるものよ」
 根底に抱えていた問題を、暴かれた気がした。



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プロフィール

HN:
黒蜜
性別:
女性
自己紹介:
社会人。
亀更新、凝り性で飽き性。
NL偏愛。
葛藤のあるCPだと殊更ハマる。
王道CPに滅法弱い。それしか見えない。

取り扱いCP:リクつら・名柊(夏目)・ネウヤコ(弥子総受け)・通行止め・イチルキ・ギルエリ・鷹冬(俺様)・殺りん・男鹿ヒル・銀妙・ルナミetc
その時々に書きたいものを、書きたいペースで。

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