蝶夢
NL至上主義者による非公式二次創作小説サイト。
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月を取り巻く恋物語
イチルキ←恋です
恋次の扱いがひどいです(ごめんね)
参考は漱石とFry me to the moon、二葉亭四迷です
恋次の扱いがひどいです(ごめんね)
参考は漱石とFry me to the moon、二葉亭四迷です
I love you.=『 』
人は、一生に何度となく選択を迫られる。時にそれは、後々に重要な意味を持つものであることも屡々、しかしそれが後年どのような意味を持つものになり得るのか、判断を下した時点で分かっていることは少ない。或いは選択そのものを取り零すことだってあるのだ、神様が前髪しかないように。そして『神』は付くけれども、選択に人生を振り回されるのは、やはり死神も同じなのだなと一護は目の前の憐れなる男を見て熟と痛感していた。
「や、だからよ、」
「うん?」
「そーじゃなくて、」
あー、くそ、と赤い髪の男は小さく悪態を吐いた。後ろから二人を眺める一護は密かに笑いを噛み殺す。ルキアは訳がわからない、といった体できょとりと首を傾げた。
今しがた目の前の男は、一護の見るところ愛の告白とやらをした。無論、告げた本人もそのつもりで言ったはずだ。しかし告げられた側である肝心の女には、その含意するものがまるで伝わらなかったらしい。聞きかじりの知識でカッコつけて試そうとするからだ、と一護は冷静に分析した。
「なんだ? 月見酒でもしたいのか?」
全く検討違いの返しに、ぶっと噴き出した。恋次が勢いよく振り返ってこちらを射殺さんばかりに睨む。けれど一護は痛くも痒くもない。ちょっと涙目に見えて、さすがに彼女の鈍感さへ打ちのめされているのには同情した。でも、助けてやる気はちっとも起きない。
今日の昼間、現国の授業で一つの小説を扱った。著者は非常に高名な小説家で、逸話も色々残っている。授業後、そのうちの一つ、英文科出身の彼が教員だった時分に教え子に言ったとされる訳についての奇聞を、小悪魔の笑みで話したのは水色だった。昼休みの野郎ばかりの席での話、加えて現世に疎いルキアがその内容を勿論知っているはずもなく。しかし文豪曰くそれだけで伝わるとのことだったため、ふんふんと心得顔をした赤パイナップルは早速今夜虚を退治した後試したわけだ。だが、先に述べた通り、ルキアはその逸話を知らない。従って言葉そのままの意味として受け取った、残念ながら。というか、知っていたとしてもピンと来なかっただろう。
何故ならば。
「一護、何を笑っておる」
何か変なことを言ったか? 彼女は依然として不可解そうだ。今なら白玉あんみつを五個は買ってやっても良い。我ながら単純だとは思ったがこればかりは仕方ない。
「いや、何でもねーよ。確かにいい晩だな」
いやほんと月が綺麗だ、と半笑いで言う。言葉通りのニュアンスを全面に出して。恋次がこちらを恨みがましく睨もうが気にしない。十五夜も近いし月見でもするか、という方向へ話は確実に逸れていく。厳密には逸れたどころか、そもそも掠りもしてなかったのだが。
何故ならば、その逸話の根本の部分が欠けているのだ。ただその科白を言えば良いというのではない。文豪が想像したのは、一生に一度あるかないかの場面で、俗な表現で言うと、二人はかなりいい雰囲気のはずだ。甘やかな空気の中で、男がそっと囁く。視線は互いに向けられている。設定から間違ってんだよなー、と一護は手厳しく断じた。それは言葉の選択としてもミスだったし、もっと言うなら過去に言うべき時が幾らでもあったはずなのだ。それらを選びとれずここまで来た結果がこれだ。恋次は大きな溜め息を溢した。
誰が教えてやるかバーカ、一護が心の中で笑う。ルキアは知らないままでいい。
コンコンとドアがノックされたことも、ガチャリとドアが開いたことも、イヤホンをしていた一護はまるで気付かなかった。名前を呼ばれ、イヤホンが奪われて、そこで漸くルキアの存在に気がついた。そしていつものことながら、ノックしろよお前したわ貴様が気付かなかったのだたわけ聞こえてねーんだよ勝手に入ってくんなボケ、から始まる以下の喧嘩は省略する。
それが粗方収まったところで、ルキアはずいっと一護に英語のノートを突きつけた。それだけで一護は理解する。またかよお前、と言いながらも、結局二人仲良く机に向かうまでそう時間はかからない。
「いん、おざ、じゃない、あざー、わーず?」
「in other words、言い換えると。明日小テストだろ。大丈夫かお前」
うんうん唸りながら英語と格闘するルキアに、ほれ、と下で淹れてきたオレンジジュースをやりながら懸念を口にする。
「う…大体死神には英語なんぞ」
必要ないではないか、と口を尖らせるのも見慣れた光景だ。しかしそれなりにまずいと思っているらしく、「どうすればましになるのだ」と愚痴半分で聞いてきた。
「お前、英語ってだけで拒否反応起こしてるだろ。慣れるとこからやってみりゃいいんじゃね?」
「慣れる?」
「例えば、洋画見るとか、洋楽聴くとか」
「洋画を見るとなると、私が一人でテレビを占領してしまうことになるだろう」
「じゃ、洋楽だな」
俺がさっき聴いてたのもラジオの洋楽だし、と付け加える。ふむ、とルキアがイヤホンに手を伸ばす。どうやら集中力が切れたらしい。あ、コラ、と言いかけて、慣れろと言った手前まぁいいかと思い直す。
「一護、一護、これは何という曲だ?」
何という曲だと聞かれても、何を聴いているかわからないし、ラジオの流す曲全部を知ってるわけがない。それでも一護は頭を寄せて、ルキアから片方のイヤホンを受け取った。幸いなことに知っている曲だった。しかも、かなり古い。
「In other wordsだっけかこれ」
「いんあざーわーず? 言い換えると、だな」
「そー、それ」
「で、何が言い換えると、なんだ?」
あー、と一護は視線をずらした。言いづらい。こちとら多感な男子高校生だ。
「…ベタなラブソングだよ」
それが一護の精一杯だった。勘弁してくれ。そう思ったがルキアは納得してくれない。
「それではわからぬではないか。どういう歌詞なのだ、これは」
「うるせぇな。それが練習だろうが、黙って聴いてろ!」
「わけもわからぬのに聴いてわかるわけがないだろう!」
「だからって俺に聞くな! 自分で考えろ!」
またしても始まった口論に、ルキアは自力で理解できたであろう箇所を聞き逃す。直後に伝令神機が鳴り、二人はさっと口をつぐんだ。
「行くぞ一護!」
広げた教科書もそのままに、死神化して飛び出した。
今夜も空はよく晴れていた。月はほぼ真上に来ている。もう何度もこうやって夜を駆けてきたが、自然と月に視線が向くのは、出る前に聴いた曲のせいなのか、それとも先日恋次が口にした科白のせいか、一護にはよくわからない。
「終わったな。怪我はないか?」
あぁ、と頷くとルキアは満足そうだった。
「月に連れてって、か」
空を見上げたまま、思考が意図せず口から溢れる。
「え?」
「あ? 俺、口に出してたか?」
肯定されて、何となく気恥ずかしい。相手が相手だけに。何でもねー、と言いかけて止めた。代わりに帰るか、と促した。
初めてあの歌詞を知った時、全く意味不明だと思った。in other words、言い換えると、どうしてそうなるのか分からなかった。わかるようになったのは、たぶん、隣にいる小さな存在があるからだ。
一体どうして西も東も、月に準えたがるのか。それも彼女を見ていると、何となくわかる気がした。彼女自身が、まさにそれだ。
「なぁ、ルキア」
「なんだ?」
「俺を月に連れてってくれ、って言ったら、お前、どうする?」
言い換えると、つまり。意図しているのは。
馬鹿にされるかとも思ったが、ルキアは屈託なく笑った。
「手を引いてやるよ」
あぁ、らしいなと思った。
背中に当たる温かな波動が、傷口を癒していく。真夜中の自室、電気は点けていない。
一護は背を向けて、黙ってルキアの鬼道を受けていた。
「私は、な」
死んでもいいんだ、とルキアは呟いた。
「貴様のためなら、死んでもいいんだ」
静かな声だった。
小さな声だった。
一護のためなら、死んでもいいんだよ。
繰り返された言葉は、内緒話でもするかのように密やかで、祈りにも似ていた。
「…なんか、それ、プロポーズみてぇ」
愛してるって言ってるみたいだ、揶揄するように一護は繋げた。
お互いの顔が見えないのに安堵していた。
ルキアの指先が虚をつかれたようにぴくりと反応する。違うわ莫迦者! と怒鳴ることも出来た。けれど冷静に熟慮した。
「…あながち、間違いでもないな」
真摯なものではなかったが、誠意から出た言葉だった。
「それで、間違いでもないよ」
一護が肩を揺らした。治療はすでに終わっている。
振り返って、手を伸ばして、小さな身体を掻き抱くまで、あと、僅か。
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